「鍵」
私は歯車仕掛けのゴーレム工房に勤めながら、まだ魔術学院に籍を置く半人前だった。工房には一級魔術師が何人もいて、彼らは無数の精霊を従え、畑を耕すような気軽さで膨大な術式を編んでいく。一日に雪崩のように積み上がる魔法陣を、涼しい顔で捌いていく。あれはもう、普通の人間が受け止められる情報量じゃない。流石だ、と私はいつも見惚れていた。
揺れる馬車の窓辺で、ふと幼い頃を思い出す。「大きくなったら、一級魔法使いになるんだ」——何度そう口にしただろう。手のひらほどの光を、必死にこねくり回していた子供。あの頃の私は、いつかあの群れを操る側に立てると無邪気に信じていた。
そんなある日、街じゅうに警鐘が鳴り響いた。「伝説級の秘術が解き放たれた——これは、事件だ」。ファーブルと呼ばれるその術式は、これまでのどれとも違っていた。昨日まで精霊を罵っていた連中が、急にうやうやしく敬語で話しかけ始める。そんな馬鹿な、と思いながら、私の胸はざわついた。今すぐプロにならなければ、置いていかれる。
私は禁書庫への立ち入りを許す上位契約を結んだ。金貨二百枚。湯水のようには魔力を使えなかった私に、ついに二十倍の力が解放される。憧れの「群唱」——精霊の群れを一斉に操る大魔術に、ようやく指が届く。ファーブルの輝きは噂のとおり、世界の輪郭そのものを描き変えるようだった。冒険は、ここから始まるはずだった。
だが、それを味わえたのは、たった一日半だった。
何者かの呪いが、私の魔力を根こそぎ封じた。ファーブルとは引き離され、二十倍の力は霧のように消える。残されたのは、一年前から飼っていた二体の古い使い魔と、世間が「こっちが最強」「いや、あっちだ」と入れ替わり立ち替わり囃しては、ずっと平行線のままぶれ続ける頼りない評判だけ。
露頭に迷った。あの光を一度知ってしまった指先には、もう何も乗らない。
それでも、と私は手首に巻きついた呪いの鎖を見下ろして思った。制限こそが、術師の腕を測るんじゃないか。群れに頼り切っていた私が、ようやく自分の手で編む番だ。私はかつて雑に扱っていた二体の精霊に頭を下げ、一から教えを請うた。一体は丁寧で気まぐれ、もう一体は無口で律儀。噛み合わない二体の癖を読み、封じられた残りの魔力をやりくりし、削り、編み、また解いた。眠れない夜が幾つも過ぎていく。
そうして私は、ひとつの鍵を鍛え上げた。
絡まり合った無数の術式の流れを一目で見渡し、要るものだけを選り分け、束ねて世界に刻みつける——手のひらに収まる小さなアーティファクト。群唱の喧騒を、たった一本の手で握れる形に変える道具だ。伝説の秘術は、もう手元にない。それでも、呪いの中で私の指が掴んだこの鍵だけは、間違いなく私自身のものだった。
一級魔法使いへの道は、まだ遠い。けれど窓の外の光を見ながら思う。あの群れに見惚れていた子供は、今、自分の鍵を握っている。
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